DrumsTuningBlog ~ドラムに纏わるウロトアゼ~

ドラム音職人によるミュージシャンのためのチューニング覚え書き・・・ Drumsとともに年を重ねた、笑いと涙の夫婦善哉。

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おれの俺音

7月末日。某レコードメーカー所有のスタジオが40年の歴史に幕を下ろしました。ここのミキサーさんたちとは以前より仲良くさせてもらっていたこともあって、ラストの夜、メモリアルドラム撮りパーティー?に参加してまいりました。まぁ、早い話、ドラム撮り勉強会といったところです。

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この日は、当日用意してもらったマイナスワンの音源(通常の曲から、ドラムのトラックだけをOFFにしたもの)に合わせてドラムの音を作りプレイしてみる、、といった志向。一回曲を聴かせてもらった後、好き勝手なイメージでドラムをチューニングし、それを聞いたミキサーさんが、さらに自由なイメージで、マイクを立て、ドラムのサウンドを創っていきます。それを聴いて、さらにチューニングを変えてみる。ミキサーさんもマイクを変え、マイキングを変え、プラグインやアウトボードの設定を変えていく。要は音づくりのジャムセッションです。普段のレコーディングでは、時間に追われて音を作るケースが多いので、ゆっくりと確かめながらこういった実験ができるのは、とてもありがたいんです。40年間の歴史のラストに音を出せたことも光栄でした。まさに、有意義な時間でありました。

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で、気付いたこと。
他の楽器の音が完パケしていて、ドラムの音を最後に決めるって、通常のレコーディングではあまりないですよね?僕もこういった遊び(いやいや、勉強会でした)以外では、めったに遭遇しません。皆さんはどうですか?
アーティストによっては、一度作った音源(たいていは打ち込みデモ)を下敷きにして、その音源をもとに各楽器を差し替えていく、といったやり方もあるようですが・・・一般的なバンドのレコーディングでは(ライヴでも)まずお目にかかりません。通常は、最初にドラムの音を決め、それからベースの音を決める。ギターは仮音で、後々のダビング時にじっくり音を決める。ということは・・・。
ドラマーは他の楽器に合わせて音を作ることに慣れていないんです。意識が薄いともいえます。まわりが合わせてくれているんですね。少なからず、後で音を決める人たちは「ドラムの音ありき」になっているわけです。たまに見かける「おれの俺音」タイプのドラマー。最初っから、「これがおれの音だから!」と頑固に言い切るタイプ。もちろん、レベルは千差万別。そして悪いことではありません。そのくらいの自信がなければ音楽業界の荒波はのりきれません(笑。ベースや、ギターの人たちにも「俺音」タイプは普通にたくさんいます。ただ、彼らは「俺音」の中にも、自然と身に付いた周りと帳尻を合わせる「俺音の幅」を持っています。これは音色をコントロールする「コントロール力」ともいえます。

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まわりに合わせる、という言葉は消極的に聞こえるかもしれませんが、言いかえれば、周りの音を引き立たせる、ということ。結果として自分の音も良く聴こえます。さまざまな引き立て方があります。分離が良いのがすべてではありません。分離が進み過ぎると一体感がなくなります。バラードを演奏する時の寄り添うような音。喧嘩しているようなハードな曲の音。ハイウェイを並んで突っ走っていくようなスリリングな演奏と音色。曲が求める音色の積み重ねが必ずあるはず。ドラマーの皆さん!俺音の幅、ちゃんとありますか?

あっ、「おれの俺音」っていうドラマーさん、私は好きです。こういうタイプの人との仕事で良い結果が出ることも多い。フォローじゃなくて。ただ幅があるともっと好きかな~。
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有機生命体 九州編 4

 ツアーまでに上手くなりたかぁー。
 意を決してのリズム隊練習ではあったが・・・上手くならない(苦笑。頭の中には、キングクリムゾンやウェザーリポートなどの理想的なイメージはあるものの、具現化できる手法がわからない(典型的、頭でっかち)。
 とにかく思いつくこと。2人で同じフレーズを延々やってみるとか、テーマもないインプロビゼーションを繰り広げる、ということをあてどなく毎日毎日やった。まさに暗闇で刀を振り回すような練習だ。
 今思えば、スタジオ代をどぶに捨てたような気もするが、ひとつ隠れた効能もあった。それは、あてどないフリーセッションのおかげで、どんな無茶な即興でも演奏できるようになったこと。
 まともな神経なら「よくわからないよ~」というような世界観の曲でも、僕と大西君ならストップすることなく延々とやりつづけられる。もちろんレベルは限りなく低い(それでレベルが高ければ、とっくに世界進出してることでしょう)。でも、まぁ、思ったのとは違ったが、それなりにリズム隊としての武器は身につけたワケ(笑。
 そしてバンドでは礒谷を中心に曲のアレンジも練り直した。何気にパワーアップした有機生命体。8月、猛暑の中、このところ凄味が出てきたマリリンの存在感を切り札に、初のツアーに向かったのであった。
 夜、機材車に乗りこみ、一路東京へとひた走る。山口県あたりで最初の食事&休憩。忘れ物はないか、メンバー全員に確認をとった後、パーキングエリアから高速道路に走り出す。と、その瞬間。
 「財布忘れた!いや、待って、財布はあるけど、必要な手帳忘れた!」と大西君が言い出した。ウムゥ・・・仕方なく次の出口で高速をいったん降りる(ツアーをやると解散するバンドが多いっちゃんね~、と言った博多drumBe-1、西山氏の言葉を噛みしめる)。そして道に迷う。次第に不機嫌になっていくメンバーたち。
 それでも、なんとかかんとか、なだめながら、元の場所まで戻り、手帳ゲット!。感謝の言葉もない大西君にムカつく気持ちを抑え(ふたたび博多drumBe-1、西山氏の言葉を噛みしめる)、東京を目指す。
 そして皆が車中で眠る丑三つ時。
 助手席で眠っていたマリリンが突然、ムクッと起き上がり「聴こえる」と呟く。「えっ、何?」と聞き返したが、さらに「聴こえる」と呟き、再び深い眠りに。内心、動揺。
 「いったい何が聞こえたんだろ・・・中国自動車道は事故とか多いからな・・・ま、まぁいいや、空耳、空耳」雑念を振り払い、なんとか運転に集中しようとした。
 30分ほど過ぎただろうか。さきほどの動揺が落ち着いてきたころ。
 いきなり、助手席がガバッと動く。「呼んでる!」。。。誰が~!誰が呼んでるの~(号泣)・・・心のリミッターが外れそうなのを必死の思いでセーブした。
 運転(全行程の8割は私)含め、さまざまな珍事件に遭遇しつつ、およそ20時間かけて、どうにかこうにか東京到着。メンバーをそれぞれの目的地に落としながら、残された大西君と僕は、大田区のラブホテルへ(車を停められ、値段も安いとの判断で・・・決して怪しい関係ではありません)。
 「ふうっ、ひとっ風呂浴びるわー」大西君は浴室へ。しかしそこはラブホテル。部屋の鏡はマジックミラーになっていて、浴室は丸見え。しかもベッドは回転ベッド。そのシチュエーションに耐えかねた私は、速攻、ソファにうずくまり死んだように眠った。。。
 このツアーでの東京ライヴ。今となっては順番は覚えていないが、、イカ天の収録、出演。ホコ天。渋谷ラママ。以上3本(ん、横浜もやったかな)。
 イカ天の楽屋でノーマジーンというバンドのヴォーカルさん(宮崎出身)と仲良くなったこと。プロデューサーのジャクソンさんに良くしていただいたこと。ホコ天の異常な暑さ。ラママに予想以上に動員があったこと。グラウンドナッツの丸ちゃん、ミキオ君に多大なお世話になったことなど、今でも思いだす。
 あっ、東京でのバンド同行取材の雑誌社が、音楽雑誌ではなくSM専門誌だったことも。。。

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