DrumsTuningBlog ~ドラムに纏わるウロトアゼ~

ドラム音職人によるミュージシャンのためのチューニング覚え書き・・・ Drumsとともに年を重ねた、笑いと涙の夫婦善哉。

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有機生命体 九州編 3

 僕らがバンド活動をしていた80年代。
 東京(一部、大阪も)では雑誌、宝島が主催するキャプテンレコード、そしてナゴムレコード、FOOL'S MATEが主催するトランスレコードなどの、いわゆるサブカル系といわれる音楽やバンドが盛り上がりを見せていた。
 九州の片田舎にいながらも、こういったレーベルの音やカルチャーに刺激を受け、マリリンの耽美かつハイエナジーな音楽的根幹に、礒谷のテクノ、プログレ、アバンギャルドな音楽性を合わせた独自のロックを展開していた有機生命体・・・だったが。
 そもそも、サンハウス、ルースターズを頂点とした音楽のカースト制度をもつ九州のシーンのなかでは「変わり者」「変態バンド」「危ないやつら」といった受け止められ方で、完全に浮いた存在(対バンも話しかけてくれない)。いわゆる音楽関係者への受けは良く、全国的なメディアへの露出も多かったが、決して地元の音楽シーンでは受け入れてもらえない状態だった。
 「的しゃん、なんであんなバンドに入ったと~?」どちらかといえばカースト制に組み込まれていた私は、友人のめんたいロッカー達から、はてなマーク付きのお言葉を頂くこともしばしば(最初に感じた危惧は的中してしまった)。
 が、しかし。このころ、すでにバンドを辞めたいという気持ちは消え去り、なんとかこのバンドを全国区にしたい!と思うようになっていた。それはやっぱり、このバンド、そしてマリリンに可能性を感じていたからだと思う。次第に地元のバンドマン達との付き合いからも足が遠のいていった。
 バンド結成からおよそ一年で全国ツアーを決行したのも、じつは地元での居心地が悪く、いち早く意識が外に向かった、という部分があったのかもしれない。
 以前、東京で偶然観たイカ天も、九州ではまだ放送が始まってなく「世の中が寄ってたかってバンドを弄る」といった部分に違和感もあったが、全国的な宣伝効果を期待して応募。どうせツアーをやるならと、時期を合わせての出演が決まった。ならばホコ天にも!と、いち早く東京進出していたグラウンドナッツのメンバーに便宜を図ってもらい、これも決定。礒谷のプロモーションの成果か、ある雑誌社がツアーをやるなら同行取材をやると名乗り出てこれも決定。このころ、それまでなかなか定まらなかったギターリストも森田秀栄(現在は熊本在住)に決まり、よちよち歩きのバンドもツアーに向けて次第に熱を帯びてきた。
 チャンスは広がってきたが、問題は演奏力。東京や大阪のバンドたちと互角以上に戦う力が欲しい。熊本の小さなスタジオの一室で大西君との怒涛のリズム隊練習が始まった。
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